研究資料

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フィレンツェの広場と街路構成

 

ヨーロッパ中世都市は街路構成が不規則であるとともに、その交わるところにある広場もまた整形からほど遠いいびつな形状を示すものが多い。そのことが都市空間の魅力をつくる大きな要素になっているように思う。
本論文は、この点に着目し、イタリア・フィレンツェを取り上げて、このような道路と広場形状の不思議がどのようにして生まれてきたのかを考えようとしたものである。
フィレンツェの中心部はこの都市の起源であるローマ時代の格子状街路構成を伝えており、サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂はその東北隅に立地している。
その後の市街地発展は長方形の都市壁を取り壊しながら、しかもスプロール状というか、不規則な広がり方をとったことから、ドゥオーモ広場はきちんとした形と十分な規模を持ち得なかったのではないか。
後年、ここから真っ直ぐな道路がシニョーリア広場に向かって敷かれ、これに沿ってヴェッキオ宮(市庁舎)が造営された。
しかしこれが面するシニョーリア広場は第2都市壁(その後撤去)やアルノ川からつながる通路、もしくはウフィツィ宮の整形性確保などの狭間にあって複雑な形状を持たざるを得ないことにもなったのではないかと指摘した。
古代都市、市街地拡張プロセスと都市壁のつくり替え、メディチ家による壮麗な都市建築、その他の歴史的なスパンをつなぐ造形意欲の重なりがヨーロッパ中世都市の都市空間的魅力をつくり出す要因となったことを述べている。

フィレンツェの広場と街路構成
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